冬の美奈子
「 美奈子さんの歌声は冬。方角なら北。」ご自身の著書で松任谷正隆さんがそんなことを言っていた。由実さんは「春と秋。方角なら西。」達郎君は「夏。方角なら南だね。」この一文に思わず顔がニヤけてしまった。
深夜にテレビでやっている自動車番組も好きでよく観ている。憧れの車にまるで自分が乗っているかのように伝えてくれる松任谷さんの独特な比喩が好きである。
話しがそれてしまったが、吉田美奈子さんの曲は私が幼少の頃に聴いていた事に近年になり気付いた。当時、朝の子供向けテレビ番組内で流れていたのが「ラムはお好き?」である。正確には吉田さん本人ではなく歌のお姉さんが歌っていたらしいが、私の記憶の中では歌い方がそっくりである。 当時、雪の降った朝は、私は不機嫌であった。なぜなら普段は自転車で送り迎えをしてくれる祖母と雪道を歩いて保育園に行かなければならないからだ。出発前にテレビからこの曲が流れてくると「 この人も元気ないのかなぁ、一緒だね。」などと子供ながらに思った事を思い出した。(笑) そう、美奈子さんの曲は陰の中にどことなく明るさがあり、ちょっと元気が出るのである。
35年後、昼過ぎに起きた休日に西陽の入る角部屋で一人、美奈子さんの曲を聴いている。休日を無駄に過ごした自分の機嫌を取っている。
やはり私の中で今でも「 冬の美奈子 」である。
「 頬に夜の灯 」吉田美奈子
草の根
朝晩は肌寒くいつの間にか、ちゃっかりと秋めいてきた。上掛けも心地良く、虫の音とあいまり就寝が楽しみな時季でもあったりする。
今回、私が書きたいのは前回の記事で書いたWANDS、いや、90年代のJ-POP黄金期に関わり深い人物である織田哲郎さんである。
織田さんは当時、主に楽曲提供で裏方に徹した活動をされているので、ご自身が歌う曲しか知らない方が多いと思うが、提供してる曲は数多く、多岐にわたっており、おそらく多くの人が耳にしていると思う。実は私も近年までその事を知らなかった。意外な楽曲もありどんなジャンルも熟す、まさに達人である。
TVアニメのスラムダンクに使用された、「世界が終わるまでは…」である。近年では中国でこのアニメが人気でロケーションになった湘南の踏み切りが観光者の間で人気スポットになっていると私もニュースで知っていた。織田さん自身も中国のイベントに招待され、この曲を日本語で中国の方が大合唱してくれ感動を覚えたと語っている。
このアニメの内容はバスケットを通しそれぞれの登場人物の成長を描き、互いに力を合わせ目標を目指す内容である。
一方、中国には儒教や論語があり現代の私達にも通じ、他の国の人々に沢山のことを教え影響を与えたきた。日本人が日本人らしいのはこの教えがとても大きいと思う。
隣国の政治的なあまり良いニュースを聞かないこの頃、時代を超えた互いの文化交流が平和の礎になって欲しいと願ってる。
中国の楽器である二胡の音色にも聴こえる、秋の夜長に聴きたいアレンジである。
夏の朝
誰にでも気が重く何かと調子の出ない、そんな時期はあるものである。
普段、気楽に生きている私にもそんな時期が溜まったように一気にやってきた。
何故こんなに色々な事が重なるのか、嘆いたくなってくるものである。
その日の朝も用事の為、そんな気分で車で向かっていた。いつもならお気に入りのCDを掛けるがそんな気分にもなれない。それでも気を落ち着かせようとラジオを掛けた。
WANDSの jumpin' jack Boy
ボーカルの上杉さんの歌声で誰の曲かすぐに思い出した。シンセの音色、ギターのカッティングにアーミング。まさに私が輝いていた頃に聴いていた曲である。誰にでもそんな時期はあるはずである。
気分が一瞬、軽く爽快になった。
ひとつ一つ向き合っていこう。なるようになるさ。何処からか不思議と自信が湧いてきた。
朝陽が眩しい田園風景を横目に車を向かわせた。
故郷
お正月期間は決まって帰省ラッシュのニュースが流れる。やはり日本人はふるさとを大切に想う人々が多いのだろう。実はこの事が世界の平和には大切なのだろうと、昨今の世界情勢を伝えるニュースを観て感じている。
「 私がふるさとを想うように、あなたもふるさとを大切に想うだろう。」
そんな気持ちが大事なのではないだろうか。
国家と言うよりも生まれ育った故郷のことである。
昨年亡くなられた中村哲医師。
医師としての活動の傍ら、アフガニスタンの荒野に現地の人々と用水路を建設し、岩山の山岳地帯に緑の大地をつくりあげた人であることを深夜の放送で知った。
見たことのない一種異様な光景は、まさに神様が造られた楽園の様で人間の持つ力がいかに素晴らしいかを見せられた。
きっとここが現地の人々のふるさとになるのだろう。
音楽を通して世界で活動されている。
「 人は必要な時代に必要なところに生まれてくる。」
どこかで誰かのそんな言葉を聞いた覚えがある。
ふと谷村さんのこの曲を思い出す。
谷村新司 スタンダード
芸術家と経営者
プリンス (1958.6/7 - 2016.4/21)
音楽好きの人には天才と評されるが、そうでない人には少し奇抜なミュージシャンと捉えられるかも知れない。彼のアルバムを手にするまでは、私もどちらかと言えば後者の方であった。食わず嫌いならぬ、聴かず嫌いである。
同世代のマイケル・ジャクソンが踊りで人を魅了するならプリンスは音で人を魅了する人物である。どちらも人の心をつかむことに長けたアーティストである。
私の思う真の芸術家とはマイナスのエネルギーでさえ、人を楽しませたり、感動させたりするプラスのエネルギーに変換し続けられる力を持つ者であると思う。経営者などであれば、社会や人を喜ばせることではないだろうか。両者は本来なら近い存在であると、そんな事を考えさせてくれる。
何者でもない私が言うのも何であるが (笑)
彼はミネアポリス・サウンドと言われるジャンルを築き上げ、得意のファンク音楽をベースとした誰でもノリ易く、キャッチーなフレーズで聴く者を虜にしていく。
この曲は、個人的には秋晴れの運動会の玉入れ競技のBGMにぴったりな感じである (笑)
プリンス・アンド・ザ・レボリューション
I would Die 4U
チャーハン・ロック
先日、地元の花火大会があった。
「夏も、もう終わりか。」などと少しブルーになっていたが、東北の夏祭りはこれから北上し、各地で盛り上がりを見せることに気づかされた。
そう考えると夏も結構長いかもしれない。
甲子園も盛り上がりを見せてることだし、黄昏るにはまだ少し早いか。
さてと、夏の後半戦のスタートだ !!
かーちゃんのチャーハン食べながら残りの宿題をやっつけていた、あの頃を思い出す。
House Arrest
夏の終わりと マイケル・ボルトン
梅雨がやっと明けたと思っていたら暦の上ではもう秋。日も短くなり、日中の日差しもどことなく 1トーン柔らかく感じられる。
大人になると、なおさら夏が短く感じられる。経験と暦から夏の終わりを知ってしまうからだろう。
せめても休日は短パンを履いて短い夏を肌で感じている。それともう一つ私の夏を演出してくれるのが音楽である。
マイケル・ボルトン。
少年の頃に彼の歌をテレビCMやラジオでよく耳にした。
甘いマスクとは裏腹にパワフルでハスキーな歌声と哀愁漂うメロディは夏の黄昏時が似合う。
全力で駆け抜けた、少し大人になった、そんな男の夏を称えてくれる。
マイケル・ボルトン
WHEN A MAN LOVES A WOMAN